向こう側に映し出される、見られてもいない映画は曇りガラスのせいでただの赤や青や時々白くも見えた。
自らの耳をちぎり捨ててしまいたくなるほどの凄惨たる音が壁の向こう側から聞こえてくる。
小さな僕は、そんな中から聞こえた音に思わず「こんばんは」と、もっとも意味を持たない言葉を選んで発することしかできなかった。
昔そんな夢を見た。
その日、あの赤と青と白が頭の中で繰り返され、耳に残った精気を奪うあの音がリフレインするどころか少しずつ時間が経つほどに記憶の中でさらに酷い音へと変わっていった。
おかげであの日は朝まで1秒たりとも眠れなかった。
人は弱く、故に明日の自分が強くあって欲しいと願ったり、昨日までの弱い自分と決別したくなるのだと思う。
白という色は、祝いの場所で着られるホワイトシャツもあれば、学生が制服として選ぶ白い運動靴や純白のウエディングドレスもあり、そして人の最後を示す白装束もある。
それぞれ意味は違うが、私は明日へのけじめと決意の色ということで包括している。
あの日と違い、昨日はずいぶん深く眠れたこともあって今日は少し気分が良い。
店に向かう車の中では杏里のLast Summer Whisperを流しながら、店に着いたら記念すべき1着目になるThe CLASIKの真っ白のシャツをストックルームから出して着ようと決めていた。
8月20日の中目黒は数分歩くだけで十分な汗をかく気候だが、3時も過ぎれば私の心を落ち着かせようと、目の前の緑に薄黒色が加わっていく。
白いシャツ自体には、特別な意味はない。
しかし、それを着ることは心の中にあるスイッチを押す唯一のアクションであることで間違いないだろう。
追いつかない自分に対して、白は強く優しく認めようとしてくれる。
どう組み合わせていくかによって意味を変えていく白いシャツは、組み合わせないことによっては冷静な己を漂わせることさえある。
今の私には、それくらいがちょうど良いのかもしれない。
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