やっと後編を書ける時間ができました。
(18SSの展示会が全て終了し、とりまとめも終わりました!)
今年は冬らしい冬となりそうで、街には既にアウターを着ている方々も見られます。
これから寒くなっていくのは少し不安ですが、年末に向けて少しずつ華やいでいく街の景観を見ているだけで、無条件に楽しくなってくる大好きな時期です。
さて、引き続きご好評を頂いているATONのレポートをご覧ください。
- Premiere Vision Parisの前はフランスのお城のようなところで生地展をしていました -
1973年にスタートした、世界で最も有名な生地展「プルミエールヴィジョン・パリ」。
皆様が日頃から目にするような世界の名だたるブランドが、このフランスの生地展で生地を購入して、翌年以降の商品を作っているのは有名なお話ですが、実はこの生地展が現在の場所で行われる以前には、フランス国内の別の場所(お城の中のようなところ)で展示会が行われていたようです。
ディレクターのKさんが、ATONのディレクターに就任してしばらく経った時に偶然そのお城の中に行く機会があり、膨大に貯蔵された生地のアーカイブをご覧になっていたところ、一つの生地にピンときたようです。
それは、限りなく無地に近いグレンチェック。英国のトラディショナルな柄です。
今のものではないのははっきりしているのですが、いつ、誰が、何のために作った生地なのか気になったKさんが案内人の方に尋ねると、80年代に日本のデザイナーKさんがパリコレで使った生地でした。
この伝統的な柄をここまでぼかすなんて、欧州の発想ではないだろうとは思われたそうですが、やっぱりかと…。
日本に帰国をして、その生地を正確に研究して復刻したものがこのSTRAIGHT PANTSに使われています。
ストレートに近いテーパードシルエットのスラックスは、極めて美しく織り上げられたウール素材で1タック仕様。
デザイン上の最大の特徴は曲線に描かれた腰ポケットです。
職人さんが一つ一つ、もともと直線の生地をアイロンワークでこのような曲線に曲げて(信じられないような話ですが、真っ直ぐの生地がこんなに曲がるのです)接ぎ目を作らずに美しく仕上げています。
シンプルなカシミヤのニットに合わせると、タックで膨らんだ腰元にちらりとデザインが見える…というスラックスならではのさりげない遊び方が、ドレスダウンの気分を捉えています。
そのカシミヤのニットは大小2つのサイズ(02 or 06)のみで作られていて、もちろんユニセックスで男女ともにどちらのサイズも美しく着られるように作られています。
このユニセックスという概念ですが、そもそもどういう事なのか?
「丸首のセーターに男性も女性もあるの?」という声が聞こえてきてもおかしくありません。
答えは様々ですが、一つ明確に言える事は洋服の構造、つまりパターンです。
根本的な男女の体型の違いを想像して頂くとわかりやすいですが、男性は肩幅が広く、腕もがっしりしていて、お腹も出ている(場合がある)。対する女性は、首・肩・腕・腰などが男性よりも細い(ことを願うw)反面、胸が膨らんだ体型をしている。
さらに、男性のいかり肩、女性のなで肩など体のラインには男女差が様々見られます。
これらの条件をもとに洋服を綺麗に着こなせるように設計すると、どこで切り返すか、どこに分量感を持たせば着やすく美しくなるか…というように、考慮しなければいけない部分が男女で大きく変わってくるわけです。
お話を戻すと、ユニセックスとして作られた洋服は、男女の基本的な違いを認めた上でそれを無理なく補正しながら、逆に心地よい違和感として与えられるデザインとは何だろう…と考えながら作っていくので、その行為自体が洋服の形にずいぶん新鮮な影響を及ぼします。
例えば、このセーターには肩線がありません。グレー(02サイズ)とエメラルド(06サイズ)では、ずいぶん大きな寸法差があるのですが、それを感じさせすぎない両方ともに肩のドロップしたニュアンスが感じられます。
また、胸や胴まわりのスッキリとした印象にギャップを持たせる袖の長さや首の開き。
男性の好むモタっとしたスウェットのようなバランスだけでは女性にマッチしないところを、うまく美しく見せるべき部分だけ崩さずに設計しているわけです。
結果的に、真面目なニットブランドにあるような無骨で味わいある顔付きだけでもなく、欧州のニットのようなエロすぎる(時にそう思う時がある)顔付きでもない、どこか新鮮な出で立ちだけど馴染みのあるバランス感覚がそこにあります。
また、ただ大きくなるだけではなくキュッと締める部分もあるのがATON流。
ボルドー(02サイズ)の着丈が短くコンパクトなサイズ感はかっこいいパーカの代名詞的バランスですが、身幅と袖丈はゆったりと今の気分に合うよう分量感を持たせています。
ベージュ(06サイズ)も、決して裾や袖のリブが甘くならないようにしっかりと締められた設計で、首元のフードも立体感を損ないません。
ハトメに紐が入っていないのも古いチャンピオンのパーカのようなルックスであり、スポーティーなスウェットにも都会的な引き算感覚があります。
- 生地がどう動くのか?気にしています -
生地の動きなど、気にするなんてさておき意味すらわからないお客様が大半だと思います。
ATONのオフィシャルHPでは、非常にマニアックな動画をご覧頂けるようになっているのですが、この動画を見て生地の特性を理解できる方はおそらくプロだけでしょう。
ですが、実際に製品になったものを着てみると歴然とした差を感じるのです。
例えば、このAIR DOUBLE MELTONという素材は、ポリウレタン糸にウールを巻きつけた糸を使うことで縦横どちらの方向にも伸びるという特性があります。
ミリタリーのPコートなどで使われるメルトン素材は、生地1mで1kgなんていう鎧のような重さでガチガチに打ち込まれた素材もあるのですが、その分空気が入らないので暖かくて何より強い。生地だけで形を立体的にできるほど生地そのものの腰が強いです。
対するATONのメルトンは非常に軽く柔らかい。
それは、前述の考え方とは全く別で、柔らかく織り上げたメルトンを2枚重ねにし、その間に空気が溜まって保温効果を上げようという構造です。
では、その生地がどう動くのか?です。
弾力のあるメルトンは、まるでカーテンのようなドレープ感が特徴。
絞ったり、緩めたりした時にきちんと反発するのですが、ご覧の通り生地自体の腰もしっかりと残しているため腰紐もフードもダレません。
裏地も何もない袖も、しっかりとふっくら膨らんでいます。
しかし、生地の重量によって肩から地面方向にかけて生地がトロッと落ちていくのは前述の縦横方向に伸びる素材ならではの素材の動き。
しっかりと体にまとわりつくような動きのある素材ならではの、他にはないシルエットがこのコートの最大の特徴になっています。
- 私たちが作りたいのはビューティフルなもの、わからない方のことは考えすぎません -
- 止まっている写真ではなく、私たち人間は常に動いている。
そういう時に着ている洋服から良い雰囲気が出ている事ってとても重要だと考えます -
- 製品になるまでに、大体1〜2年は自分で着て細かな修正を繰り返します -
わかる人にしかわからないようなモノづくりは、不親切であると考えるのが一般的でしょう。
特に、現代において触ったり、実際に着てみたり、長時間かけて品物と付き合っていくことでようやく理解できる価値とは、お客様にとっては面倒になってしまったことでもあり、売り手である私にとってはとても難易度が高く正直言えばどこまでこの商品の良さをお客様に伝えられるだろうか…というチャレンジでもあります。
しかし、それってファッションにおいて一番面白い部分だし、シンプルにBechicsには本当に良いものを並べたい。
ATONはそういう意味でも、洋服屋のやるべきことを「あからんまで」クリエイトしてくれているような気がします。