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店主 角地 俊耶

要求を満たす服


私は他人からロジカルと言われることがあります。

自分自身でも、「説明ができること」や「理論に基づくこと」はある程度大切だと思っているので、ロジカルという頭が固そうな表現は好きになれませんが、ロジカルであることはある面で良いことのように思い、あまり嬉しくないけど納得している…という感じです。

さて、本題に入り今日は<Fill the Bill>というブランドについて書きたいと思います。

Fill the Billとは、直訳すると「法案を埋める」など、ヘンテコなネーミングになりますが、

これは熟語で「必要条件を満たす」「要求を満たす」「目的にかなう」「ちょうど良い」などの意味を持っています。つまり、どんな人にとっても良い加減であり十分な活躍をする洋服、というコンセプトです。

Fill the Billは2012年にブランドを設立し、最初はメンズブランドとしてスタートしました。

デザイナーのKさんは私より少し年上の男性。

青年期は古着とパンクファッションに身を包んだ、タフでストロングで優しく、そして少しシャイな一面もある器の大きい人柄が魅力の方です。

私がFill the Billの商品を始めて見たのは、ブランドが始まってからしばらく経った2015年。

当時勤めていた会社のウィメンズセクションに並んでいた男勝りな商品にドキドキしたのが最初でしたので、実は然程歴史を見てきたわけではありません。しかし、確実に”中身”のあるブランドである事は一見しただけですぐにわかりました。

Fill the Billのブランドコンセプトや歴史については、是非オフィシャルホームページをご覧いただきたいと思いますが、あまりに手短な紹介文に肩透かしをくらうはずです(笑)ので私が感じるFill the Billをここでご紹介したいと思います。

大きな部分としてベースとしてあるのは、ミリタリーとワーク。

古くは20世紀初頭にまで遡って掘り下げた、所謂オールドミリタリーなどと呼ばれるジャンルの特殊な目的を持った服を、今の時代に合うよう様々な視点でリプロダクトしていく事をコンセプトの一つにしています。

ミリタリーやワークウェアーの起源をよく知る方とお話をすると、15年以上この業界で働いている私もまだまだ勉強させて頂くことが多く本当に奥が深いと感じます。そして、そういう方の着こなしやモノ選びを見ると、例外なくどなたも筋が通っていて芯のあるスタイルを持っていると感じます。そして、ある意味少年がモデルガンやプラモデルにハマるように、純然たる好奇心によって身についた知識の数々は本やデータで得た類の表面的な内容ではなく、しっかりと実物を見て・着て・壊して得る腹に落ちた情報であることもとても魅力に感じます。

皆さまご存知の通り、ミリタリーは人が命を懸けて戦う為に作られた服なので目的は命を守ること。そして戦いに勝つ為に身に着ける人のパフォーマンスを最高まで上げることです。つまり、数mmの生地の使い方で命を落としたり、戦いに負ける可能性があるという極限の緊張感の中でディティールを追求し、目的を果たす為に命懸けで作られた服です。

また、ワークも同様でいかに仕事を円滑に進められるかという視点で作られているので、一切の無駄はなく、線一本まで全てに意味がある服になっています。

そして、これらの服には必ず歴史と一体になった側面があります。

極めて有名なエピソードで言えば、Levi's 501 大戦モデル(第2次世界大戦時に作られた501モデル)は、1940年代前半の第2次世界大戦の時に、Levi's社がそのアイコンとして必ず施していたアーキュエイトステッチ(バックポケットの波型ステッチ)がパンツの機能として無駄である、という理由から戦時製品監督局から排除命令を受け、糸が使えずペイントに切り替わったなどの例があります。

同じく、1930年後半から生産されたLevi's 506XX(通称1st)というGジャンは、背中に付いたシンチバックルの2本針が家具や車のシートをキズ付けてしまう可能性があるとの理由からデザインを変更した経緯があります。

そのように、各国の時事が抱える問題をクリアするために洋服が様々な変化を遂げてきたというのもファッション文化の一面としてあり、オートクチュールやプレタポルテの世界とはまた違う歴史を背景に生まれた洋服たちは、華やかな美しさとは違った機能美や文化的に味わい深い価値を持っています。

そして私が感じるFill the Billの魅力は、そんな歴史ある品々へのオマージュだけではないこと。

ブランドの最大の特徴は縫製であるとデザイナーのKさんは語りますが、過去の名品を今の技術でさらにアップデートさせていくことはもちろん、デザインやニュアンスに関しても常に今の気分を吸い上げていて、モードもストリートもミリタリーやワークの延長線上で表現できる柔軟性が他のブランドにはない特異な持ち味だと思います。

また、ブランドコンセプトなどからも感じられるように、表現はいつも抽象的です。

これはKさんご本人とお話をしていても一向に掴みきれない(わざと濁しているとしか思えない笑)、”ロジカル”な説明が難しい部分なのですが、あえて曖昧にすることで見えてくる本質を大切に考えている、と私は理解しています。つまり、古くから伝わる歴史に裏打ちされた製品たちに、当時実現し得なかった高いレベルの縫製や生地作りを掛け合わせることで見えてくる新しさがFill the Billの真骨頂なのだと。

Bechicsがオープンする直前、デザイナーのKさんに食事に連れて行って頂いた時にまだ謎だらけのFill the Billについて色々と訊ねましたが、その中で私が”定番品”についてKさんの考えを伺った時の一言は「定番って、最初に作った人以外は言えない気がするんだよね。だから、Fill the Billには定番は無い。」でした。

それは、歴史に対してのリスペクトがあるFill the Billならではの答えでとても頷ける回答でした。

そして、裏には本物の定番にカンフルを入れたスタイルこそがFill the Billである、とも受け取れます。

2016年秋冬のFill the Billは世界大戦が終焉を迎えた後の1950年代、経済が復興し、人々が人間らしさを取り戻した時代、そしてカウンターカルチャーなどが生まれる個性豊かな時代にフォーカスされています。

語るより感じるように作られたFill the Billの商品は、店頭では気を付けて話しすぎないようにしていますが、このブランドに興味を示される方は決まってオシャレでオリジナリティーある方が多く、寡黙さとは裏腹な強烈な個性を感じ取って頂けることに日々嬉しく感じています。

これからまだまだ新しい商品が入荷してくるFill the Billにどうぞご期待ください。


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